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大阪高等裁判所 昭和54年(う)1003号 判決

裁判所書記官

畠陽二郎

本店所在地

大阪市阿倍野区三明町一丁目一四番一九号

伊藤物産株式会社

代表者

堀内良一

本籍

三重県名張市黒田一八〇四番地

住居

和歌山県日高郡美浜町大字三尾二〇八五の二一二

会社役員

堀内良一

昭和八年一月二六日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和五四年四月一六日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 阿部敏夫 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河村武信作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官阿部敏夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は要するに、原判決は、被告人伊藤物産株式会社(以下、被告人会社という。)の事業所得金額が、昭和四六年四月一日から昭和四七年三月三一日までの事業年度においては一億三四五万六八六二円(原判示第一の事実)、昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日までの事業年度においては一億五〇三九万八〇八九円(原判示第二の事実)とそれぞれ認定しているが、被告人会社は、右事業年度において、(1)三木政楠に対する簿外支出金二〇〇〇万円、(2)伊藤開発株式会社に対する簿外損害金四三〇〇万円、(3)沖縄支社勘定四万四七八八円以外の簿外支出金三〇〇〇万円、(4)耕栄開発株式会社に対する貸倒損金一五〇〇万円の各資産減少事由があったのに、これを認定せず、右事業所得額の算出にあたってこれを控除しなかった点において、原判決には事実の誤認がある、というのである。

よって案ずるに、記録によると、原判決は、所論の各事業年度における被告人会社の所得金額を認定するについて、検察官がその主張及び立証に用いた所得計算方法である財産増減法(貸借対照表法)にしたがったことが明らかであるところ、所論は、右各事業年度内に生じた費用、損失の一部をその発生原因の概要と金額を示して主張することにより、原判決の認定する右各所得金額を争うものである。しかしながら、財産増減法は、期首及び期末における純財産を明らかにしその差額をもって当該期間の損益とする方法であり、したがって所得計算の他の形態である損益計算法のように、当該期間内に生じた個々の収益と費用、損失の金額及びその発生原因を把握して、これを損益計算の基礎とするものではないのであるから、右各事業年度内における収益と費用、損失の総計額を比較対応することによって得られる損益額に基づいて原判示の各所得金額に誤認のあることを主張するならばともかく、その費用、損失の一部のみをとり出して主張することによっては、未だ原判決が財産増減法に基づいて認定した原判示の各所得金額の誤りであることの論拠を示したものとはいえず、その主張は失当というほかない。

のみならず、被告人堀内良一の原審公判廷における供述中所論(1)ないし(4)の各簿外支出があった旨述べる部分及びこれに沿う原審証人浦野式の証言は、いずれもその供述にかかる各金員を支出した年月日、その出金に用いた口座、支出した金額、その帳簿上の処理などを全く明らかにすることのできないものであるばかりか、右各金額を支出するに至った事由やその明細などについても終始あいまいな説明をするに止まるものであって、他にもこれらの点を明確にして被告人の右供述部分の真実性を裏付けるにたる証拠は存在せず、原判決挙示のその余の各証拠に照らしてみても、被告人堀内良一の右供述部分及びこれに沿う原審証人浦野式の証言はいずれも措信しがたいものというほかない。

そして、被告人堀内良一の捜査段階における自白を含む原判決挙示の各証拠によれば、原判示各事実は優にこれを肯認することができ、所論にかんがみ記録を精査しても、原判決の右各事実認定に所論のような誤りを見出すことはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

論旨は、量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査して案ずるに、本件事案の罪質、動機、態様、ことに被告人堀内は、被告人会社の業務全般の統括者として、専ら自己及び被告人会社の経済的利益を図る目的で、原判示のとおり二事業年度にわたって法人税逋脱に及んだものであって、その逋脱税額も合計四九七七万七五〇〇円で逋脱率は五三パーセントにのぼり、決して少額とはいえないことに徴すると、犯罪は軽視することができず、現在被告人会社が多額の債務をかかえて事実上倒産状態にあることなど、所論指摘の点を十分考慮しても、被告人会社を罰金一五〇〇万円に、被告人堀内を懲役一〇月、三年間刑の執行猶予に各処した原判決の量刑が重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木直道 裁判官 井上清 裁判官 谷村允裕)

○控訴趣意書

被告人 堀内良一

被告人 伊藤物産株式会社

右者らに対する法人税法違反被告事件の控訴の趣意は次の通りである。

昭和五四年八月二一日

右被告人両名弁護人

弁護士 河村歳信

大阪高等裁判所 第三刑事部 御中

第一点、原判決は明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

原判決は罪となるべき事実第一において、昭和四六年四月一日から同四七年三月三一日までの事業年度における事業所得金額が三七、七五七、五〇〇円である旨を認定し、同第二において昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日までの事業所得金額が一五〇、三九八、〇八九円である旨認定しているが、右は事実を誤認するものである。すなわち、原判決は資産増減法により、右各年度の被告人会社の事業所得を認定しているが、次の点についての資産減少事由を認定すべきであるのに、これを看過している。

(一) 三木政楠に対する簿外支出。金二、〇〇〇万円

(二) 伊藤開発株式会社に対する簿外損害金。金四、三〇〇万円

(三) 沖縄支社勘定四四、七八八円以外の簿外支出金。金三、〇〇〇万円

(四) 耕栄開発株式会社に対する貸倒損金。金一、五〇〇万円

右の各項目について被告人の供述、証人浦野式の供述により認定されるところであり、且つ被告人の主張は右の事由は資産を減少させる事由であり、従って各年度における資産増減法により、認定される所得について負の要素として評価されるべきであるとの主張であるにかかわらず、これを主張自体理由がないと排斥し結局この事実を認定しなかったのは事実を誤認したものという他なく、且つ右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかな事由である。

第二点、原判決は量刑が不当である。

原判決は認定した罪となるべき事実を前提に被告人伊藤物産株式会社に対し、罰金一、五〇〇万円、被告人堀内良一を懲役一〇月(執行猶予三年)に各処する旨宣告したが、右はいずれも重きに過ぎる。

被告人伊藤物産株式会社は、昭和四九年一〇月、既に負債総額四五億円をかかえて倒産し会社所有不動産のすべてを各債権に対する代物弁済に提供し、純負債を四億五千万円計上している状況にある。そして右負債は被告人堀内良一が重畳的に負担している現状にある。石油ショックによる不動産取引業の不振という要因もあって長期的にみれば昭和四六、七年度における会社所有もいわばかりそめの所得にすぎなかったのがその営業の実態であり、現実に所得として被告人らに獲得されたものではない。却って四億五〇〇〇万円もの負債をかかえた被告人らは経済的に再起不能の状況にあり、加えて一五〇〇万円もの罰金刑に処せられるとすれば、その存立は不可能であり会社を解散することなく債権者に対しいささかなりとも返済をはかり、社会的責務を全うしようと努める被告人堀内をして絶望の渕に突き落すこととなりかねない。また被告人堀内が懲役を宣告され、執行猶予の恩典に浴しているとはいえ猶予期間が三年間に亘ることは被告人の経済活動を不可能に陥入れるものであり、事実上その社会経済生活を封殺するものであり、自ら営業活動を展開することによってしか巨額の負債を返済することができず、且つ罰金を納付することのできない被告人については、不当に過重な宣告刑と言わざるを得ない。

以上

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